人類の生存、さらに農業からエネルギーに至る社会の必要不可欠な産業に対する水の重要性は決して軽視できません。しかし、世界の水の安全保障、すなわち生存と経済活動のために適切な品質の水を十分に確保するためには、問題が複数存在します。汚染や気候変動に起因する自然災害が水問題を悪化させ、社会と経済に緊張をもたらしています。産業やエネルギー部門での需要拡大のほか、人口増加、経済発展、また、消費パターンの変化を背景に、世界の水の使用量は今後30年間にわたって年率1%程度ずつの増加が予測されています1。世界の水の全消費量に対して、家庭での使用量はわずか12%を占めるに過ぎず、一方で産業(農業を含む)は88%を占めています。企業は、この重要な資源がその希少性を高めていることから、以前と同様の水の使い方ができないことを認識しています。そのため、水を節約し、企業の水に対する複雑なニーズを管理する高度なテクノロジーに対する需要が高まっています。その結果、農業やエネルギーからヘルスケアやテクノロジーまで、構造的に追い風を受けている主要産業において、投資家が水の持続可能な未来の確保に貢献できる魅力的な機会が生まれています。
2040年までの世界のセクター別水需要

- 出所:IEA(国際エネルギー機関)2016年現在。国連、2020年現在。
- 取水量:水源から取り出された水の量。定義上、取水量は常に消費量以上になります。経済、市場等に関する予測は資料作成時点のものであり、情報提供を目的とするものです。予測値の達成を保証するものではありません。
農業:同じ水の量でより多くの収穫
農業は世界の水消費量の70%を占め、水問題の原因となるとともに、水問題にも直面しています。そのため、農業は世界の水問題において重要な役割を担っています。近代的な農業技術および食料生産の進歩により、これまで以上に多くの人々に質の高い食料を提供することが可能になりましたが、そのために水資源と生態系の健全性が犠牲になることが多くあります。例えば、農業用肥料の流出や農薬の使用が水路や地下水の汚染の一因となっています。同時に、農家自身は、水の使用制限、肥料価格の上昇、気象パターンの変化に直面することが増え、灌漑することが難しくなっています。そしてこれらの問題を解決するイノベーションが生まれることを当社は心強く思っています。例えば、再生可能エネルギーを利用したスマート灌漑システムは、持続可能な高収量生産の実現、エネルギーと水の消費量削減、そして家畜への信頼できる飲み水の提供を可能にし農家の助けとなっています。新しいテクノロジーの具体例としては、農作物用の精密なスプレーノズル、風、湿度、地温を監視するアプリ、農場やワイナリーに最大限の水量を供給できる太陽光発電式ポンプなどが挙げられます。
食品と飲料
食品・飲料業界は、穀物、コーヒー、乳製品、砂糖などの主要な商品の調達先における水問題を注意深くモニターしています。また、特に水ストレス(水需給に関する逼迫の程度)が基本的に高い地域にある工場などで、企業は自社の水の使用のあり方にも注目しています。飲料メーカーは、適切な水管理を確保するために、最も厳格な持続可能性に関する目標をすでにいくつか設定しており、その達成に向けたイノベーションを必要としています。今では、取水、洗浄、殺菌、廃水処理など、食品・飲料事業の水循環全体にわたるテクノロジーを提供している企業が存在しています。節水を目的としたイノベーションの例としては、スプレーノズルの穴を小さくした自動瓶洗浄機や水を一切使わずに瓶を洗浄するエアリンサーなどがあります。また、揚げ物調理用のフライヤーから発する蒸気を凝縮して浄化することによって、食品製造で使用した水を回収するテクノロジーも登場しています。
エネルギー
水は発電や化石燃料にとって重要です。例えば、発電機に接続されたタービンを回転させるためや石炭を採掘・輸送する際に使用されます。石油・ガス分野では、フレアリング(焼却処分)量の削減や炭素排出量の抑制の取り組みと並び、水の使用量削減が環境面で配慮すべき重要事項になってきています。再生可能エネルギーの分野では、低炭素化が必ずしも水の使用量削減にはつながりません。風力発電や太陽光発電などのテクノロジーは水をほとんど必要としませんが、原子力発電、バイオ燃料、炭素回収技術などは水を大量に必要とします2。エネルギー分野における水関連のニーズの例としては、海洋掘削装置用の廃水管理システム、水質監視技術、配管漏洩を追跡する無線ソフトウェアなどが挙げられます。また、エネルギー分野で、再生水の利用拡大と淡水の節約を可能にするソリューションへの需要も増加すると当社は予想しており、事業の持続可能性を高め、地域社会、生物、その生息地に対する水ストレスを緩和すると見ています。地下水の供給から取水、リサイクル、処分インフラに至るまで、サイクル全体の効率的な水管理システムを提供する第三者の専門企業は恩恵を受ける可能性があります。
エネルギー分野における世界の取水、燃料タイプ別
(持続可能開発シナリオ、2016年~2030年)

- 出所:IEA 2022年10月26日現在。経済、市場等に関する予測は資料作成時点のものであり、情報提供を目的とするものです。予測値の達成を保証するものではありません。
複雑な水ニーズ:製薬会社からハイテク企業まで
水の使用量を節約する取り組みと同時に、様々な産業の複雑な水ニーズや高度な処理工程に対応するソリューションが求められています。例えば、注射薬と眼疾患薬では異なる水処理方法が必要であり、電話やノートパソコン、ソーラーパネル、電気自動車に搭載されているマイクロチップの製造には高純度の水が必要です。どの製紙会社、電力会社、自動車メーカーも、独自の処理技術、配管システム、メンテナンスサービスを必要としています。そして、このような高度な製品やサービスを提供できる水処理エンジニアリング企業は限られており、そのような企業は高い競争力と独自のビジネスモデルを持つことが可能です。このため、サービスの提供によって高い利益率と安定した収益を達成することができ、このような企業は、設備投資需要や収益の見通しが立てにくい不透明なマクロ環境において魅力的です。ここからは、複雑な水ニーズを持つ、半導体、ヘルスケア、鉱業の3つのセクターに焦点を当てます。
半導体
半導体製造施設では大量の高純度水が必要です。洗浄、リンス、表面調整といった工程が何段階もあり、製造工程におけるわずかな汚染物質も最終製品の品質を危うくする可能性があります。高性能の紫外線(UV)殺菌技術は、バクテリアやその他の微生物を除去するために、工業用水処理の用途で広く使用されています。初期処理に加えて、有毒な溶剤や化学物質のために廃水管理も複雑であり、半導体メーカーは廃水排出の規制に準拠していない場合、重い罰金や工場閉鎖に直面することもあります。全体的に見て、半導体分野は製造、処理、浄化に関して固有の要件があるため、メーカーが次世代半導体をより効率的かつ安価に生産するために役立つソリューションには事業機会が存在すると当社は考えています。
半導体製造工程における超純水の使用例

- 出所:ゴールドマン・サックス・グローバル投資調査部。2022年9月16日現在。上記は例示を目的とするものです。
ヘルスケア
ヘルスケア産業では、水質が患者の安全および医療技術の管理を決定的に左右し、医薬品の用途によって必要な水質のグレードが異なります。傷の治療、感染予防、再使用可能な手術器具の洗浄には無菌水が必要です。臨床診断の分野では、診断手順の各段階で純水が必要とされ、検査の高度化・高精度化に伴い、継続的に同質な水の確保の重要性が高まっています。また、製薬業界では、医薬品の製造に使用する水を最高の品質に保つために、浄水システムの開発および保守に多大なリソースを投じています。水質センサーと逆浸透膜、ナノフィルトレーションとUV技術など、製薬研究所の水ニーズに対応するソリューションの需要は今後も継続すると当社は予想しており、重要な医薬品の開発と患者治療の改善に貢献していくと見ています。
鉱業
重要な原材料の採掘には大量の水を必要とするプロセスを伴います。例えば、1トンの銅を生産するために約70立方メートルの淡水が必要で、地表水と地下水が主な水源となっています3。川や湖の水は、容易に入手でき最も低コストかもしれませんが、その利用は気象条件や使用権によって左右されることがあります。そのため、世界の大手鉱山会社の多くは、水を再利用する方法や、可能な限り採掘プロセスから淡水を排除する方法を研究しています。鉱石の破砕および粉砕の際に乾式分離を行うなど、水を使わない原材料の加工方法を検討しているところもあります。また、水源の多様化を図り、海水淡水化設備への投資を模索する動きもあります。しかし淡水化に必要な、化石燃料を使用する熱脱塩は、温室効果ガスを大量に排出し、その過程で生まれる有毒な塩水やその他の化学物質は沿岸の生態系を汚染する可能性があります。鉱山会社はプロジェクトの持続可能性の向上を目指しているため、塩水の量を最小限に抑えてエネルギー効率の高い海水淡水化を可能にするテクノロジーに対して、需要が高まると当社は予想しています。
地球の水資源内訳

- 出所:ゴールドマン・サックス・グローバル投資調査部、会社データ。2022年10月5日現在。上記は例示を目的とするものです。
今後の見通し
持続可能な水資源の確保は、家庭にとっても産業にとっても非常に大きな課題ですが、その実現は人々の健康、世界経済、そして地球の生態系にとって不可欠です。世界の水問題に注目が集まり、解決への気運が高まるにつれ、経済の主要分野にある企業は水保全の取り組みを拡大し、自社の複雑な水ニーズを管理するソリューションを必要とすると当社は予想しています。経済の重要なセクターにおける水問題を解決する革新的な事業に資金を供給することによって、投資家も持続可能な水資源の確保に貢献できます。